ぼくは天理教がこんなふうに変わっていくと思う

こんにちは、ダメダメようぼくのひさまつです。

最近このブログを読んでくれてる友だちから、

「何でブログ書いてんの?」
「何がしたいの??」

みたいなことをよく聞かれます。

でも、何でこんなことしてるのかって、あんま上手に言えないんですよね。
単純に好きだからやってるってのが一番かもしれません。

ただ、僕の中には天理教はこんなふうに変わっていくという見通しみたいなものがあって、それは100年スパンぐらいでの話なんですが、そこに向けて着々と準備を進めていっている感じです。

よく教勢が低下してるって言われるじゃないですか。

ぼくもちょっと前までは、このままだと天理教はどうなるんだろう?って思ってました。

けど、今は大きな方向性で見たときには良い方向へいくんだろうな、という気がしています。わりと自信をもってそう言えます。

今回はそんなぼくの勝手な未来予測とブログを書いてる理由を書いてみようと思います( `・ω・´)ノ

 

テクノロジーの進歩とともに人間は生活のあり方を変えてきた

人間の生活様式はテクノロジーの進歩とともに変化してきました。

現代において火打ち石で火を起こして生活している人とか、弓矢で狩った動物を食べて生活している人なんて見たことありません。

うちの実家はなかなかの田舎ですが、それでも子どもの頃からコンロをひねれば火がつきましたし、ごはんは炊飯ジャーにありました。

他にも例を挙げると、

  • 縄文時代は食べ物を求めて人間は移住生活をしていたけど、弥生時代は田んぼをつくってその土地に定住するようになった。
  • 「蒸気・電力」により人間の動力の何万倍もの力を得られるようになり、富の量産化が進み、人々の生活の中に便利な技術が行き渡るようになった。

こんなふうに、人間の生活様式はテクノロジーの進歩とともに変化してきたという歴史があるのです。

そして、これまでを上回る変化をもたらすと言われているのが「情報革命(IT)」です。

 

情報革命によって世界は急速に変わっていく

インターネットの普及によって、20年前までは国立国会図書館へ行かなければ手に入らなかったような膨大な情報が、今は手のひらの中からサクっと手に入ってしまいます。

いつしか気づかないうちに人間は生活のあり方を変えられているのです。

今すでに急激な変化をもたらしている情報革命は、ここからさらに指数関数的に変化のスピードを上げていくと言われています。(要するに超スーパーウルトラ速いよ、ってこと。)

グーグルのレイ・カーツワイルというお偉いさんは2029年にグーグル検索エンジンが人間の知能に並ぶとかなんとか言ってました。
2045年問題というのもあって「2045年にはAI(人工知能)が人間を超える」と言われているぐらい。

情報革命によってものすごいスピードで生活のあり方が変化する未来が待っています。

 

個と個のつながりがどんどん増えていく

情報革命による変化の本質は、世の中のあらゆる「情報」の流通コストがゼロに近づいていくということです。

情報の流通コストが減るなんて言うと難しいことのように思うかもしれませんが、身近な例で言えば、1000文字の情報を東京から大阪に伝えるのに、以前は郵便で2日かかっていたのが、今ではスマホでリアルタイムでできちゃうということです。

情報の流通コストが下がると「個」と「個」のつながりが増えていきます。

最近ではFacebookでつながった方同士で一緒に路傍講演や神名流しをされているのを見かけます。これは「何月何日何時からどこどこでやります」という情報がFacebookやLINEによってコストゼロで「個」まで届くからできる。

全然直属も所属も違う「個」同士がつながることができるのは、情報インフラが整っているからこそですよね。

しかもそれをまったく直属も所属も違うぼくが見ている。これまで天理時報やみちのともでしか知り得なかった情報をリアルタイムで知っているのです。

今後さらに情報革命が進むことによって、「個」と「個」がシームレスにつながり合う時代がやってきます。

「個」と「個」をつなぐ役割はこれまで「組織」が担ってきたが・・・

個人同士のつながりはこれまで「組織」が担ってきました。布教活動で言えば「個」は「組織」としての教会単位で集合し、路傍講演や神名流しをしてきたわけです。それがもっともコストがかからない効率的な方法だったからです。

しかし、情報革命によって「個」と「個」がつながりあうことにコストがかからなくなると、「組織」を通して情報を流通させることが必ずしも効率的とは言えなくなります。

誤解のないように言うと、組織が不要であるという意味ではありません。これまで組織が担ってきた役割が限定的になるということです。

時代の変化によって組織の担うべき役割が変わっていくということです。

 

今ある枠組みは何のためにつくられたのか?という議論が必要

こうした天理教をとりまく環境の変化を踏まえて、これからのことを考えるとき、必ずしも今ある枠組みの延長で考える必要はないと思うのです。

むしろ今ある枠組みがそもそもどういう目的にために作られたのか、という原点に立ち返って考える必要があると思います。

今ある枠組みの中だけで最適解を出そうとすれば、その活動自体が自己目的化してしまい、組織の形骸化へとつながっていきます。

教会に人を集める、行事に参加してもらうということを目的とするのではなく、教会に人を集めてどんな価値を提供したいのか、行事に人を集めて参加者はどんな価値が得られるのか、といった議論が先。

さらに言えば、その価値は他の方法でもっと効率よく提供することができないか、といった新たな枠組みを作っていく必要が出てくるかもしれません。

 

新たな枠組みづくりは変化への対応力重視で

新たな枠組みをつくるとき、従来のようなトップダウン型のあり方では今後は通用しないのではないでしょうか。

情報革命によって今後は変化のスピードはどんどん速くなっていきます。
こうした変化へ対応するスピードは「組織」<「個」です。組織が大きくなればなるほど、なおさらそう。

となると、新たな枠組みづくりをするときにキーワードとなるのが「個」です。

「個」があちこちで変化に即応していくボトムアップ的な動きが求められてくるはず。「組織」はそうした「個」をサポートできるような仕組みが求められるようになると思います。

というか、勝手にそうなってくるのかなと。
最初に言ってたように、人間の生活様式はテクノロジーの進歩によって変化させられてきた歴史があります。

生物の歴史もそうですが、変化へ対応しつづけなければ生き残ることはできません。生き残るためには変化しつづけていく必要があります。

今はまったく想像ができなくても、100年、200年のスパンで考えたとき、知らず知らずのうちに「個」が時代のニーズに即応していけるようなプラットフォームが整えられているんじゃないでしょうか。

そんなふうにぼくは天理教の未来を想像しています。

 

だからぼくは「個」に判断軸を提供したい

遅かれ早かれ変化を遂げることになるとしても、それは各時代を生きる人々の努力があってこそ。だからこそぼくはこの時代において、そうした変化にちょっとでも貢献したい。

これから「個」が活躍する時代がくるとすれば、「個」がそれぞれで判断するときの軸を持っていなければなりません。そのためには天理教の教えをしっかりと自分の中に落とし込んでおく必要があると思っています。

ぼくはラッキーなことに(寛大な先生方の温情によってギリギリ)本科研究過程を卒業することができました。今は勉強がそんなに得意ではない子供たちをお預かりする塾の先生をしているので、ややこしいことを噛み砕いて説明することに激慣れしています。

たまたまそうした環境をお与えいただいたので、自分なりに天理教の教えをシンプルに伝えることができたらおもしろそうだな、って。だからこんなブログを書いているというわけです( `・ω・´)ノ

それがちょっとでも皆さんの参考になって、それぞれが天理教の教えを判断軸として社会で活躍してくださると良いなと思います。
※ちなみに、わたしは心が暗黒物質でできてるため不可能のようです( `・ω・´)ノ

そうなればきっと天理教は良くなっていくと思う。
そんな未来を信じて、これからもくだらない記事を量産していこうと思います。

もしナイスな記事があれば、ぜひいいね!とかシェアとかビール一杯おごってください( `・ω・´)ノ

今日も成人しましょう!

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