2025年大晦日。ことし初投稿。

お久しぶりです( `・ω・´)ノ

みなさま、いかがお過ごしでしょうか?

1年駆け抜けました。

FBのほうにも書きましたが、こちらにも今年のログとして残しておきます。

つれづれなるままに

最近はAIライティングに慣れすぎて自分で書く力が激落ちくんな気がしています。

やばいよね。

でも、あんなに楽なんだもの。もう手放せないよね!

そうはいっても、年の瀬の今日、一年のふりかえりぐらいは自分の言葉でアウトプットしよう。

そうそう、ふりかえりをするなら「今年の漢字」がおすすめ!

去年やってみて思った。

なんせ極限の抽象化なわけで、よーくふり返って考えないとなんかしっくりこない。

去年2024年は「山」にした。

なんせ去年は山登りしかしていなかったんだもの。

わざわざ長野まで遠征して北アルプスばかり5回。

では今年は?

「観」にする。

今年は北アルプスに8回登った。

増えちゃった。

それでも今年は「観」にするのだ。

山頂から筆舌に尽くしがたい景色を「観た」から?

ちがうんですー。

自分をよく「観る」ことができるようになったなと。

そして、そのぶんだけwell-beingになったと実感しているから。

2023年3月某日。

AIの爆速な進歩を目の当たりにして、6年ほどやってきた学習支援サービスの募集を停止しました。

GPT-4を初めて触ったその日。

「終わったわ、これまで勉強してきたものが終了したわ」

と、昼ごはんを食べながら妻に報告。

AIによって知的生産がコモディティ化する未来が見えているのに、自分が提供している教育支援は本当に子どものためになっているのか?この問いへの納得のいく答えが自分で得られなかったのです。

集客ファネルを壊して問い合わせが来ないようにしました。

そこからしばらく眠れなくなった。

「これからどうしたらいいのか?」

「AI時代をどう生き抜くのか?」

という問いとずっと向き合ってたら、もう頭ぐるぐる回って眠れないのよ。

あれ?

気づいたら3年前振り返ってますね。

閑話休題。

で、そっからなんやかんやあってですね。笑

2023年7月26日。

小野龍光さんとお話する機会に恵まれました。

もともとはジモティーとかグルーポンを立ち上げた連続起業家の方で17liveのCEOをされていて、そこからたまたま友人と旅行した先のインドで出家された方です。

おそらくじじいになっても、その日は人生のターニングポイントになったと記憶に残る一日でした。

詳細は割愛します。

簡単に言ってしまえば、気づきのきっかけを与えてもらった。

その日、いつしかゴールの達成にとらわれて、目の前の豊かな時間を味わえなくなっていた自分に気付きました。

結局のところフリーランスとして生きていこうと思ったら、ある程度は生産性で勝負しないといけない。(AI時代はちょっと思うけど)

すると、思考様式がいつのまにやら「もっと多く、もっと速く、もっと効率的に」が正義になっていたんですよね。でも、そのことに自分では気づいていない。

キャンプに行っても、仕事のことが頭から離れない。この時間って無駄なのでは?という問いが心に浮かぶ。

子どもと公園に行っても、イヤホンでオーディオブックを倍速再生して子どもと向き合わない。

人が休んでいるときに頑張ってもっと成長したい。優秀な人間になりたい。

いや、今思えば優秀な人間になりたかったのではなく、優秀な人間と見られかったのだと思います。

現代社会において「優秀」というのは「成果を出せる」とか「生産性が高い」という意味で使われてますよね。それは「もっと多く、もっと速く、もっと効率的」な人がエライ、というモノサシで人の価値をはかるってこと。

だからもっと成長したい、優秀になりたい、成果を出したい。

そのこと自体を否定しているのではありません。

問題はそのモノサシでしか世界を捉えられない視点の貧しさではないかなと。

そのモノサシでしか世界を捉えることができずに、いつしか「成長教」に入信し、飲み込まれ、飲み込まれている自分にも気づかない。

これですよ、やばいのは!

そんな自分のやばさに気づいちゃった。

成果とか成長にとらわれて、プロセスから得られる豊かさを享受できなくなる。

自分では観えているようで、何も観えていなかった。

「無知の知」という言葉を知っていました。

でも自分は違うと思っていました。

でも、全然「無知」でした。笑

偉そうに言っているけど、間違いなく今もそうです。

そのことは分かっていながらも今年の漢字を「観」にする勇気を褒めてください。笑

ま、そんなわけでそっから諸々人生そのものを組み立て直そうと。

治療ですね、治療。

意思決定の偏りを治療したのです。笑

「人生のやりたいことリスト100」も捨てました。

直観でやりたいことをやる。

やりたいことリストを叶えるために、目の前の時間を手段としない。

頭で決めるのではなく、腹で決める。

ロジックではなく、直観で。

心が動けばノータイムポチリ。

そんな治療を2024年末まで続けていたら、結果的に山登りしまくっていたという感じでしょうか。笑

治療のおかげで「効率至上主義」や「成長至上主義」からはうまく脱せられたように思います。

あの、誤解を生まないように補足しておくと、成長がダメってわけではなくて。

成長そのものって楽しいじゃないですか。

これまで体力不足で到底無理だと思っていたルートに登れるようになるのも成長だし、テントが上手に立てられるようになるのも成長じゃないですか。言いたいのは、「スキルアップ」とか「将来役に立つ」とか、それだけが成

長じゃないってこと。

もっというと成長のように前に進む楽しさもあれば、その場に立ち止まって景色を愉しむこともできるようになったかなと。

そんな意味において、治療のおかげで、別のモノサシで世界を「見る」ことができるようになったのだと思います。

そうして迎えた2025年でした。

今年は「観る」ことができるようになった気がするんですよね。

まず、やはり無知の知ということばをもう一度自らの捧げたい。

それでもね、やっぱり今年は「観」なんですよ。笑

従来の「効率性至上主義的」なモノサシと、そうではないモノサシ。

今、自分はどちらのモノサシを使って判断しようとしているのか—。

を、観る。

この思考習慣のおかげで大変心豊かに過ごせた一年だったなと。

だから今年の漢字は「観」ということで。

来年はもっと磨いていきたいですね。観る力を!

そんな宣言と、今年のふり返りも兼ねて、ここにログっておきたいと思います!

お目汚し失礼しましたー。