「教会は応法の道だから必要ない!」は正しいの??

こんにちは、ひさまつです。

気づいたら夏が終わっていました。
ぼくはなか卯のすだちおろしうどんが大好物なんですが、夏季限定なんですよね。それが食べれなくなってしまうと思うと、夜も8時間しか寝れません。

さて、今回は教会制度について。

ネットを見ていると「教会は応法のために作られたんだから、別にいらね」みたいなことを言う人がいます。はたしてどうなんでしょうか?

今回は教会制度の成立過程を見ながら、「教会は応法だからいらない!」という意見が正しいのかどうか、考えていきます。

 

応法って何なのさ

応法ってよく聞くけど、そもそもどんな意味なんでしょうか。

天理教事典で調べてみると、

応法の道
親神の思召をまっすぐに実践していく道に対して、国の掟や世間一般のあり方に適応しつつ、親神の思召に応えようとすること
『改訂天理教事典』p105

でした。

「神の道」の反対ことばとして「応法の道」があって、二項対立の図式にするのが分かりやすいかなぁ。

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応法の道とはどんなものかひとつ例を挙げておきます。

明治13年におやしきでは、地福寺へ願い出て「転輪王講社」を開設しています。
このとき「そんなことすれば、親神は退く」と仰せられています。(『稿本天理教教祖伝』p148)

妨害されずに信仰するためには転輪王講社は必要だったのですが、親神様の思召に適っていなかった。
親神様の思召にまっすぐではなかったという意味で、神の道としてはNGだったわけです。

こんなのが応法の道ですね。

 

教会制度 = 応法の理 という考え方はちがう

で、これを踏まえて「教会制度」はどっちなの??ってはなしです。
「教会制度は応法の理だからいらね」っていう意見は、上に挙げた「転輪王講社」の延長として教会制度をとらえているのではないかなと思うわけです。

結論から言ってしまえば、それは間違いです、たぶん。
明治21年に教会本部が設置されることとなった経緯を見ていくと分かります。

教会本部が設置されることとなった経緯を3段階にわけて解説

段階1:教祖おかくれの時の神人問答

教祖おかくれ前、初代真柱様と教祖の神人問答がありました。
このとき、教祖から教会設置のお許しが出ています。

眞之亮から、教会本部をお許し下された上は、いかようにも親神様の仰せどおり致します。と願うと、
さあ/\事情なくして一時定め出来難ない。さあ一時今それ/\、この三名のところで、きっと定め置かねばならん。何か願うところに委せ置く。必ず忘れぬようにせよ。

『稿本天理教教祖伝』p318-319

というわけで、もうここでOKでちゃってるわけなんですが、さらに見ていきましょう。

 

段階2:教会本部の設置するわ、とりあえず東京で!

教祖おかくれから一年すぎて、一年祭が行われたのですが、途中で止められてしまいました。
これをきっかけに教会本部設置の動きが本格化します。

そして、1年祭から約2ヶ月後、明治21年4月10日、東京で教会本部の設置が認可されました。
でもまだ東京なんですね、この時は。

 

段階3:教会本部をおぢばに移転じゃー!!

4月10日に東京で本部が設置されたあと、当時の方々は「あんまし急いで本部をおぢばに移転させたら、また止められてしまうかも・・・」と心配してました。

「しばらく教会本部はそのまま東京にしておいて、とりあえずおぢばに分教会を設置しよう・・・」と考えていたようです。

しかし、親神様の思いはそうではありませんでした。
明治21年6月21日
本席の御障りに付おさしづ

さあ/\早く聞け。さあ/\言うて急ぐ処、早く/\どういう事急ぐ。これまで世界分からん、内も分からん。幾重伝え。同じ事何遍同じ事や。もうどうでもこうでも聞くも一日延ばず、刻限遅れる。又その日来るや知れんで。話聞き遁がし、又々突き延ばし、遠いように思う。違う。夜やら昼やら分からん。何時とも知れん。世界の中、心を運ぶ。第一早く急ぐ。つとめ一条これまで伝え、一つ二つどういう、一寸出てあら/\の処知らせ置く。本部や仮本部や。これで一寸苦が遁れた。運ぶ処を運ばずして、これで安心、何も安心、成って成らん。どういう処身の処一つ印、さあ/\急ぐで。身上一つの道早く通れ。見えて来る。世界急く。世界繋ぐ/\。一つ神の話。一つの理を聞いて道が分からん。あちらではこうや、何もならん。何程残念。すっきりその日刻限というはそこで知らす。

 

明治21年6月23日
ぢばに於て分教会所設置の件伺

さあ/\/\一寸さしづして置く。世界々々これまでの処、道が遅れる。だん/\尽す処、世界通り難くい。世界の道許し、それは何処から名を引き、どうでもいかん。どうでもこうでも皆伝え、それ/\″皆心、世界の道は、神の道とは皆間違うてある。天然自然道で成り立つ。世界の道、通る通られん、一寸許し、その日来たる処、世界の理を運ぶ。前々伝え神一条を胸に治め、世界の道運ぶがよい。何も心配要らん。神の引き受け心置き無う。それ/\″手を繋ぎ合うて大き心を持って居よ。成る成らん、いかなる日あるなら、決心を結べよ。世界の理は運ぶ一つの理。心置き無う気を勇むなら、一つの理ある。
さあ/\/\尋ね一つ話する。表の事情運ぶ。成るよう行くようは、どんと一つ理治めにゃならん。この所一つ諭し所、これ救けたい一条で天降る所分からんから、これまで年限の道というは神一条、世界処は道理上、世界では同じ道運ばねばならん。胸の内一つ理を以て掛かる。難しい事でも通れる。まあ一日の処にても、一寸通らねばならん。かんろだい一つ人間定めてある。何でも一日ある、楽しみある、という事を治めて貰いたい。

ちょっと分かりにくいですが、要するに

「東京に本部ができたからってまだ安心したらあかんで。前から伝えてあるように、本部をおぢばに移転しなはれ。何も心配いらんから。」

ってことです。

しかし、それでもまだ当時の方々はふんぎりがつきませんでした。

すると、さらにぶっこまれます。

明治21年7月2日
本席腹下るに付伺

さあ/\/\俄かに/\、一寸知らし置こう。身の処に一寸心得んから俄かに知らし置こう。あちらにもこちらにもざっと、一寸分かりた。第一世界の道、障りからどういう理も分かる処を、うっかりとしてはならん。第一世界の処では足が痛い、手が悩む、痛いと言うた処が案じも無い。第一世界の処では、俄かに腹が下る、痛む、と言えば、第一にいろ/\急ぐ事はせにゃならん。さあ/\前々より知らしたる処、世上にはいろ/\に悟る者もある。第一の処に諭すれば、第一一つの理は、早く/\悟らにゃならん。遠く/\の理は、一寸世界の理。神の理は、さあ/\一時ならん。一時の間にも、一時急ぐ/\処は急がねばならん。急がいでも/\よい事を急いでならん。

右に付き、教会本部をぢばへ引移りの事を押して願
さあ/\談示の理を尋ねる/\。さあ/\談示の理を尋ねるから、一つの理を諭す。世上の気休めの理を、所を変えて一寸理を治めた。世上には心休めの理、ぢばには一寸理を治める。ぢばの理と世界の理とはころっと大きな違い。世界で所を変えて本部々々と言うて、今上も言うて居れども、あちらにも本部と言うて居れど、何にも分からん。ぢばに一つの理があればこそ、世界は治まる。ぢばがありて、世界治まる。さあ/\心定めよ。何かの処一つ所で一寸出さにゃならん。さあ/\一寸難しいであろう。どんな道もある。心胆心澄ます誠の道があれば早く/\。

 

ハッキリと「本部はぢばで!」って仰せになられてます。

ここにきてようやく当時の人々も納得し、東京で教会本部が設置されてから約3ヶ月後、明治21年7月23日にぢばに教会本部が移転されたというわけです。

一連の「おさしづ」を見ると、本部をおぢばへ移転することにこだわってますよね。

そこまでこだわっている理由はおぢばがたすけの根本の部分だから。たすけの根本であるおぢばに教会本部を移すってことは、教会を「たすけの手だて」として活用しようという思召があるからです。

おぢばへの教会本部移転は、教祖が「扉ひらいて」と仰せになられたことが実際に動き出したと解釈できるんじゃないでしょうか。

 

教会本部設置の経緯を見たら、ほらやっぱり

こうやって見てくると、

  • 教会設置のお許しは出ている(段階1)
  • 教会本部はぢばで!教会を「たすけの手だて」として活用するよ!(段階2・3)

 

といったように、親神様の思召として教会制度があることがわかります。決して応法ではなさそうですね。応法ではなくたすけの手だてとして教会制度があるんだよ、ということです。

 

山名分教会(現・山名大教会)の設置に際しての経緯を見てほしい

さらにもうひとつ、今度は各地の教会について。
山名の初代・諸井國三郎先生は4月に東京で教会本部が設置された後、さっそく教会を設置したいと考えていました。

しかし、しばらくは親神様からのOKが出ませんでした。

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そこで、7月におぢばに教会本部が移転されたあと、もういっかい山名分教会設置を「おさしづ」で伺っています。

明治21年8月9日
遠州諸井国三郎伺、前々よりの分教会設立の儀に付おさしづ

さあ/\前々聞き取りて居る。一つの理は何ぼうでもならんと言うてたのは、さあさあ皆々神が抑えて居るのやで。ぢばをちゃんと治めて、それからあちらこちらへも始め出すとの事、今度は生涯末代やで。そこで神が抑えて居たのやと。もう一寸抑え。今度の暫くは、長い事ないで。もう一寸の間、今度始め出したら、世界は皆皆決まりてあるのやで。
(一本左の如くあり)
さあ/\よう聞き分け。前々より聞かしてある話通りに成るなれど、今暫くもう一寸暇が要る。今度は今までと違うて、もう一寸と言えば暫くの間やで。さあ/\今までにも成るなれど、成らん成ると言うて居たのは、皆々神が抑えて居たのやで。さあ/\ぢば一つすっきり治めて、それより今度はぢばから出すのは生涯末代やで。そこで、暫くの処じいっとして居るがよい。この事それ/\へも伝えて置け。

ここでも再びNG。

もうちょい待て、と。このもうちょいというのは、11月29日に教会本部の開筵式が行われるまでです。

で、諸井先生はそれまで待ちました。

開筵式が行われた一週間後、明治21年12月5日に再び山名分教会設置を「おさしづ」で伺うと、無事にOKが出ましたとさ。
めでたしめでたし。

この一連のできごとを通してわかることがあります。

それは、各地の教会はぢばの理によって許されている、ということです。

4月に東京で本部を設置した後は、NG。
7月に本部を奈良に移転した後も、NG。
11月に本部で開筵式(=おつとめ)が行われたあと、OK。

東京での本部設置や、奈良への移転というのは、あくまでも行政上の手続きのはなし
でも、開筵式の場合は、神の道としてのはなしですよね、おつとめもするし。

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ぢばが治まるまでは各地の分教会の設置については許されていないのです。
しかし、ぢばが治まったあとは分教会の設置にOKが出ています。

こうした経緯を見ると、各地の教会はぢばの理によって許されていると言えるんじゃないでしょうか。つまるところ、神の理として許されているというわけです、各地の教会も。もちろん目的はおなじですよね、たすけの手だてとしてお許しくだされている。

教会制度が応法の理なんてことは決してないと思います。

 

だからといって今あるかたちがベストではないと思う

教会制度は神の理によって許されているわけで、その存在自体はオールオッケーなんですが、だからといって今あるかたちがベストではないと思います。

だって、うまくいってないもんね。教会は応法だ!なんて意見が出てくるのも、色々うまくいっていないから出てくるんじゃないのかなぁ。

でも、うまくいかない原因を教会の存在自体に求めちゃダメ。教会は「たすけの手だて」という目的のためにあって、その存在自体にはなーんも問題ない。

じゃあ何が原因でうまくいってないかって、色々要因はあると思うんだけど、要は「形骸化」じゃないのかなと。制度、組織、慣例、伝統といったものは積み上げられてきたものの、それにとらわれ過ぎて中身がスカスカ、みたいな。

もともとの目的に立ち返って考えよう、って思うんです。

教祖のおしえって、誠の心で日々を送ろうぜ!ってことで、これが天理教ですよね。
こうした生き方を世界中の人ができるようにするのが「たすけ」であって、それをするために存在するツールが「教会」でしょ。
これが本質で、もともとの目的ではないかと思うんです。

で、今はどうなのか。

ぼくらが天理教の信仰だと思ってやってることは、はたして本当に信仰なのか。

天理教の教会はこうあるべきだと思ってることは、はたして本当にそうなのか。

いつしか変わってきていないだろうか。

もう一度、元々のところに立ち返りたいですね。
ゲットバックです。

the Beatles
Get back, get back.
Get back to where you once belonged.

ポールのように「ゲットバック、ジョージョー!」って叫びたいですね。

あんまり深入りすると3日はかかるので、今日はこの辺で( `・ω・´)ノ

今日も成人しましょう!

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